富久錦(株)
(兵庫県加西市三口町)

 
 

 第二点は、消費者意識との乖離です。日本酒業界は、業界内での優位性を競う意識が強すぎます。価格競争も品質競争もお客様不在で行われているから競争の勝者が酒類市場での勝者になれないのです。かつての級別制度に挑戦する無鑑査商品のようにお客様のほうを向いたアクションがなければ乖離は益々大きくなるでしょう。
 食品をめぐる問題が数多く発生している今日、より純粋で安心して飲める商品をお客様に届けていくことが大切だと思います。蔵元がそれぞれの地域において農業と醸造発酵の連携という問題と真剣に取り組んでいけば、時間はかかっても必ずや日本酒は復活するはずです。

― いまや世の中のアルコール飲料の流れは 低アルコールにあります。健康志向あるいは日本人が民族的にアルコールに弱いことからみて当然ですが、かといって日本酒メーカーにとっては低アルコール酒への転換が難しい。この点についてどのようにお考えですか。
 私たちの会社は、低アルコール酒への転換についてはスムーズに行ったと思います。しかし、雑酒・リキュール類については、私自身に迷いがありました。それは、純米酒に特化した蔵でしたので他の領域に手を広げることについて、中でもリキュール類については戸惑いがあったということです。
 それがアカサケを手掛けることでその迷いが吹っ切れました。消費者にとってその商品が日本酒であるか、リキュール類であるかは大きな問題ではなく、米を原料とした純粋で安心して飲めるお酒であれば、そのことは些細な問題であると考えることにしました。
 アカ酒は、地元で栽培されている「紫黒米」を玄米のまま醸造してルビー色の赤い酒を造っているのですが、これはポリフェノールがあり、さらに抗潰瘍エキスbP01を配合してありますので文字通りの健康酒です。消費者の関心は高く、関西限定商品で生産量が少ないこともあって品薄状態が続いています。低アルコール酒は、健康志向の流れに合った商品として別のニーズがあることが感じられますので、不思議なお酒タイプと米米酒も併せてシリーズ化し、本格的な拡販に努めるつもりです。


  「地米酒」宣言ポスター

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 SRNの常任幹事稲岡輝彦氏の蔵、全量純米酒を標榜する「富久錦」の所在地は、「加西市」。そこへは姫路市内から車で約四十分、田園地帯が広がる歴史と自然に恵まれた町である。小さな橋を渡って入っていくとこれまた歴史を感じさせる家屋。これに事務所、そして蔵が一体となったようなたたずまいは、「これぞ酒蔵」と言いたいほどの雰囲気を醸し出している。
輝彦会長については会員もよくご存知だし、またその独自の信念・考え方については会報などですでに紹介済みなので今回はあえて幸一郎社長お一人に話をうかがった。


― 二十五歳で社長の座を譲られたそうですね。社長としては大変な若さですが、その辺の事情をご説明ください。
  最大の理由は、阪神淡路大震災です。神戸地区には有力な酒販店、そしてその取引先である飲食店がたくさんありました。これらが震災により大きなダメージを受けたため、その営業を会長が中心に受け持ち、それ以外の業務を私が分担することになりました。特に地元でのさまざまなお付き合いや税務署など官庁関係の仕事には肩書きがあったほうがよいということで私が社長に就任することになったのです。
当初は肩書きと自分自身の感覚にギャップがあったし、色々戸惑うことや思わぬトラブルもありました。

―三十二歳の青年社長にまず日本酒が衰退している理由についてお考えをうかがいます。
 第一の理由は食の多様化でしょうね。私たちの日常的な食事の中にも、和食以外の食べ物がかなりたくさん取り入れられていますが、日本酒業界としてこの食生活の多様化への対応が十分に出来なかったため、他の酒類にシェアを奪われたのだと思います。